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自分の子が欲しい VS.自分の子は欲しくない

自分の子が欲しくない

自分の子が欲しい VS.自分の子は欲しくない1
(本記事は樹門流占術、樹門流姓名判断からみた見解となります。そのうえでお読み下さい。)
「自分の子が欲しい」と、「自分の子は欲しくない」
前者は、結婚したら子供は一人欲しいとか、二人欲しいという子を持つ家庭に憧れを抱く人。
一方の後者は、結婚したとしても子供は欲しくないとか、そもそも結婚をしたくない。一人のままで自由にいきたい、など。
それらの真逆の考え方には大きな壁があるわけですが、この壁は継続する人と継続しない人の隔たりがあると見てよいです。
その壁は大きく、そして高くそびえたっています。

どちらの思考も自然に赴くままの、本能的な感情なはずです。
その違いが決してどちらかが良い・悪いという問題ではありません。
前者は継続する人であり、後者は継続しない人の表現をいたしました。

この『継続』とは健康、経済、愛情の三点のバランスが少なくとも取れている人となります。樹門流占術が定義する“良いお名前”とはこれらの三つが過不足なく、つながる名前を最良としております。
愛情面には両親や夫婦(パートナー)、子供という、さらに三つのベクトルがありますが、今回特に言及する『継続』とは愛情面の意味合いが強くなります。

「自分の子が欲しくない」は様々な状況が考えられると思います。

  • 子供が嫌い
  • 不遇だった自分と同じ環境で育つ子供は可哀そう
  • 周りの子育てを見て子供がいる環境が不幸に感じた

ちなみに「子育てをする自信がない」とか「大変そう」、「経済的に子供がつくれない」という考えなどから、“結局、子供をつくらなかった”というのも、上記でいう継続しない人のポジションに該当いたします。やはりこちらも、それが良い悪いという問題ではありません。

いずれの理由から「自分の子が欲しくない」という思いに至り、それを実践する人は、広義の意味で『絶家代』という見方をします。その姓がつながらない代という意味です。
そこには現象的な理由以外の“理由”があります。

その理由は、運勢は遺伝でなっていることがあげられます。
遺伝のカラクリは、どんなに栄えた家もいずれ衰退を迎え、また栄えるを繰り返します。また繁栄して衰退し、そのまま子孫が絶えてその家自体が続かなくなることもあります。

これらの仕組みを『家三代の興亡(いえさんだいのこうぼう)』と申しますが、これらの興亡のメカニズムは人間のエゴイズムが正体です。

栄えるとエゴを貫きます。すると、その反動からエゴを貫かれる代が出てきます。このエゴイズムの抑揚は祖父母、父母、孫の三代を周期でくり返されます。
つまりは先祖が欲望を満たすと、子孫は欲望を満たすことができない側に回ります。逆に先祖が欲望を満たせない人生を送ると、孫は欲望を満たせる人生となります。
三世代、三代間の欲望の取り分(プラス・マイナス)はまるで決まっているがごとくで、各々の家系の中でどのポジションにいるのかは、お名前を姓名判断することでわかります。

このメカニズムゆえに「自分の子が欲しくない」という人の中には、三代目に象徴される栄えた家の後に生まれる人が多くなります。したがって、「自分の子が欲しくない」という感情は自然の発露なのでしょうが、その感情にいたるように遺伝子に組み込まれていたと当占術は考えるのです。

自分の子が欲しい

自分の子が欲しい VS.自分の子は欲しくない2
一方で「自分の子が欲しい」というのは本能が求める衝動です。この本能を「種族保存本能」と呼んでいます。
事実として、その本能がマイノリティー(少数派)になると人類は滅びます。
逆に本能がメジャーである限り、人間は存続しつづけるはずです。

では次にさきほども出た『家三代の興亡』の三代間における、初代・二代目・三代目の本能が求める理想と現実を対比させていきましょう。

『家三代の興亡』の初代になる人は「自分の子が欲しい」という本能は全開になり、次なる子供はとてもできやすいといえます。
次の二代目はどうでしょう。
二代目の本能はほぼ全開気味で、次なる子供も生まれることでしょう。
では次なる三代目はどうなるのでしょう。
本能はあっても、次なる子供が生まれない人も出てきます。
上のセンテンスで書いた通り、そもそも「子供が欲しくない」という三代目の人もいますが、欲しくてもできにくい人たちも出てきます。

欲しくても出来ない人たちからすれば、虐待される子や出生自体がはばかられる子がいる中で、世の中はとても不条理と感じることでしょう。
子が欲しい人と不遇な子が最良なマッチングできる社会的インフラがあれば良いのですが、まだそんなに優しい世の中ではありません。

今日のブログタイトルの答えとしては、自分の子が欲しい人と欲しくない人の実態は以上のように、(控えめに言っても)一定のルールは名前で決められていると考えるのです。遺伝は個々にそのような感情までも支配していると当占術はかんがえるのです。

自分の子がかわいい

自分の子が欲しい VS.自分の子は欲しくない3
ここから趣旨を変えます。
では、「願いが叶って子供が授かりました。」と、その後の心理状態を考えてみましょう。
まずは『自分の子や孫はかわいい』という心理について考えます。

『自分の子や孫はかわいい』と思う方は、自分を愛せる方からすれば当然の感情かもしれません。なぜなら、子や孫は自分のコピーであり、自分の血系の生き写しだからと言えるからです。

自分はこの世で一番尊くかわいい存在です。それを基本的には潜在的ないし、顕在的に持っているはずです。ですから、その自分の子や孫はやはり尊い、ゆえに子や孫がかわいいと思えるのは当然の感情ではないでしょうか。
またそれは幸せなことだと思います。

では反対に、自分の子や孫は可愛くない場合はどうように考えるでしょう。
極端な例になってしまいますが、わが子への虐待などのニュースは後を絶ちません。
占術的に言えば、虐待をする親は絶家代(家が絶える代)に該当し、家の流れは愛情が圧倒的に不足してきた家系に起きやすい現象です。
結果的に子や孫を愛することができない場合は、遺伝的にみて自己否定をする人と考えてもよさそうです。
そうすると、「自分の子や孫は可愛くない」という思考や現象は、子供はいるけどその親は絶家代に相当するような人だといえるのかもしれません。子は精神的に親に養育されずに育つような関係性です。
このように子孫に対する感情が違うのは、祖父母・父母・子とつながる中で、宿命的に継続と断絶のスクランブルがあるからです。

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